島根県にはおよそ70の国・地域から来られた外国人住民の皆さんが暮らしておられますが、その中でも8番目*に出身者の数が多いのはインドネシア。今回はそのインドネシアから18年前に来日し、日本人のご主人と浜田でお子さん二人を育てながら暮らす徳光ノフィーさんにお話を伺ってきました。故郷は大都会ジャカルタだそうですが、島根での暮らしはいかがでしょうか。 *2019年12月末現在


SIC:来日された当初のこと、憶えていらっしゃいますか?

ノフィーさん:ジャカルタから島根に来て、初めは田舎でびっくりしました。夕方になると、とにかく暗い!照明がなくて真っ暗で…絶対に外を歩けない!と思いました。人がいないし、お店もなくて、どこで買い物をしたらいいのか…。でも、もう今では県外から来た人が「ここは何もないね」というと、コンビニもあってお店もあって、何でもあるじゃないの、と思いますけどね(笑)。

最初は免許もなく、また今みたいに外国人が免許を取ることはあまりなかったので、本当に日本人と同じように勉強して…もう泣きながら免許を取りました。今では外国人向けのコースもあるでしょう?本当に羨ましいです。
初めは日本語も片言だったので、子どもに聞いたりしながら覚えました。保育園の言葉が分からなくて、夫に聞いたり。ママ友や地域の人にも本当にお世話になって、色々と教えてもらいました。

今年初めてスイカを作りました!

今年初めてスイカを作りました!

SIC:地域の方との関わりも多くあるのですね。

ノフィーさん:子どもの通う小学校は人数が少なくて、PTA活動もたくさんあって…おかげでつながりができ、様々な活動を知ることができました。やっぱり色々な活動をしないと成長しません。子どもがたくさんの方にお世話になったので、恩返ししないといけないと思っています。
私は外国人ということで、地域でもよく知られていて、皆さんが助けてくれるんです。人が少なくて聞きやすいというのもありますが、ママ友には本当にずっと助けてもらってきて、この地域から離れたくない!と思ってここに家も買いました。できないことも、「大丈夫!」とフォローしてもらえるし、もしこの地域の外に出たらどうなるのか…。ここで暮らすことに安心感があります。

インドネシア人は、お花見しても手で食べます(笑)

SIC:他のインドネシア人の方たちともネットワークをお持ちのようですね。

ノフィーさん:そうですね、浜田や益田にもたくさんいますよ。私が浜田に来たばかりの時には先に来日したインドネシア人が身近にいなかったのですが、同じ国の言葉を聞くと安心しますよね。浜田の港の方にはインドネシア人の技能実習生の男の子たちがたくさんいて、漁業の仕事をしていますが、家族とも離れて暮らし、普段は日本食しか食べられません。週に1度港に戻る時にインドネシア料理を作って持っていってあげると、とても喜びます。休みの前には「お姉ちゃん、これが食べたい!」とSNSでリクエストがくることもあるんですよ(笑)。イスラム教の子たちが多く、断食明けにはパーティーをするので、男の子たちが作れないような手の込んだものを作り置きしたり、持って行ったりすると喜んでくれます。彼らを見ていると、自分が来たばかりの時のことを思い出し、気持ちがよく分かります。

また、文化の違いから分からない事もあるので、色々と教えています。例えば自転車の二人乗りはダメなこと、道端に集団で座って学校帰りの子どもに声をかけると怖がらせてしまうこと、公園でサッカーの試合をしてはいけないこと、とか。これはインドネシアでは全部普通のことですが、日本ではしませんよね。小さなことでも伝えています。

肉団子作り。インドネシアでは大人から子供まで大好きな食べ物です。

肉団子作り。インドネシアでは大人から子供まで大好きな食べ物です。

SIC:お子さんが二人いらっしゃるんですね。インドネシアに連れて行かれたことはありますか?

ノフィーさん:もう少し小さい時に何度か連れて行きました。長女は今高校生で、インドネシア語も少し分かります。TikTok (ティックトック)でフィリピン語を流暢に話す子がいるらしく、この前は「私もインドネシア語が話せたらな~」と言っていました。たまに「インドネシアに行きたい」と言いますが、きっとショッピングもできるし賑やかで楽しい印象なのだと思います。私も以前は都会暮らしを楽しめたのですが、今は渋滞や暑さが得意でなく…ジャカルタに行ってもホテルにこもることが多くなりました(笑)。

インドネシアの果物ランブタン(甘くて食べ方はライチみたいです)

インドネシアの果物ランブタン(甘くて食べ方はライチみたいです)

SIC:地域にもすっかり溶け込んでおられるようですが、お困りのことなどありますか?

ノフィーさん:普段の生活で困ることはあまりなくなりましたが、もっといい仕事をしたいと思っても日本語の壁があり、そこは難しいなぁと感じています。普通に会話できるし、漢字も読めるけど、書けない。
また、インドネシアでは親が年を取ったら家族が面倒をみるのが普通で、小さな頃からそのように教育します。でも、日本は違うでしょう?自分たちが年を取ったらどうするか、最近は夫と二人で老後のことを相談し始めました。夫は私よりだいぶ年上なのですが、もし夫に何かあったら私はどうすればいいのでしょうか?一体いつ、どこに何をすればいいのか…何の書類を出せばよいのか、どんな手続きが必要なのか、日本語の不安もあります。また私たちはカトリックなのですが、葬儀はどうすべきなのか、どこに聞いたらよいのかも分かりません。普段の生活では困らなくても、こんな不安がぽつりぽつりと出てくるようになりました。(SIC:そんな時は、ぜひしまね国際センターを頼ってください!)そうですか、ありがとうございます(笑)。


■最後に

同じインドネシア人の技能実習生からはお姉ちゃんと慕われ、取材中や前後でも地域の方に度々声を掛けられては立ち止まって挨拶したり、お話したり…日本語も堪能ですっかり地域にも溶け込んでおられる様子のノフィーさん。長く日本に暮らし、普段の生活では大きな困りごとはないようでしたが、最後に伺った老後への不安は私たち日本人が抱えるもの以上にもっと大きく複雑で、また今後同じような悩みや不安を抱える外国人住民の方も増えるのではないかと感じました。
お子さんが大きくなり手も離れてきたとのこと、今度はSICの事業にもご協力いただけたら嬉しいです!


(公財)しまね国際センターは~外国につながる人たち~を応援しています