島根県立大学の浜田キャンパスに通う中国出身の留学生、謝亜男(シャ アナン)さんにお話を伺ってきました。2019年4月に入学し、学部生として1年通った後に大学院に入られたそうですが、よさこいサークルに所属したり、地域の方とも積極的に交流の機会を持ったり、とてもアクティブな留学生という印象でした。今夏には卒業予定ということで、島根での暮らしについて色々と振り返りながら、お話を伺ってきました。

謝さん

謝さん

SIC:大学生活、また浜田での3年間はどうでしたか?

謝さん:とにかく楽しかったです!忙しかったけど、知らないうちに日本人の友達もたくさんできて、嬉しかったです。学生だけでなく、色々な方に親しくしていただいて…私は家からの仕送りがなく、アルバイトやロータリークラブの奨学金をもらって生活費等にあてているのですが、ロータリーにはカウンセラーと呼ばれる身近でお世話をしてくださる方がいて、困った時に相談したり、お正月にはお節を食べさせてもらったりして、とても親切にしていただきました。

実は中国にいる時に大学でアナウンサー活動をしていたのですが、ある交流会で石見ケーブルテレビの方にご挨拶する機会があり、いつかチャンスがあればと名刺をお渡ししたところ、なんとこの前実際にテレビ番組への出演が叶いました!グルメ番組でドッキリをしたり、食レポをしたりと良い経験になりました。(笑)今はインターンとして時々出演させてもらっています。こんな風に思わぬところで地域の方との繋がりができたのも、嬉しかったです。

中国の大学ではアナウンス部に所属していました

(写真中央が謝さん)

(写真中央が謝さん)

 

SIC:日本の大学のサークル活動に参加してみて、どうでしたか?

謝さん:よさこいサークル「橙蘭」には学部生のとき1年間参加しましたが、とにかく楽しかったです!中国でも部活やサークルはありますが、趣味でやるようなものなので練習時間も少ないです。中学・高校でも部活はありますが、部活動に長時間費やすのを親もよく思いません。

大学のよさこいサークルではみんな優しくて、わからないことがあるとしっかり教えてくれるし、真面目なところがすごいと思いました。週2回の全体練習のほかに自主練習があり、私は振付を覚えるのが苦手でしたが「今回覚えられなくても今度の練習で一緒に踊れば覚えられるだろう」と思いました。でも、周りの先輩や同級生によく「まだ覚えてないでしょ?一緒に自主練習しよう!教えてあげるよ!」と誘ってもらい、グループのために自主的に動いているのがすごいなと思って、文化の違いを感じました。初めは「サークルのためにここまでやるの!?適当にやればいいのに…」と思ったのですが(笑)、ハードな練習のおかげで10キロも痩せたし、良い縁もできたし、良かったです。

よさこいで「煽り」をする時の衣装

よさこいで「煽り」をする時の衣装

よさこいサークル「橙蘭」

よさこいサークル「橙蘭」

 

よさこいサークルでは遠征があり、コロナ前に私も2、3回ほど行きましたが、毎回温泉に入ったり、合宿でトランプをしたりしてとても楽しかったです。中国では修学旅行のようなものはなかったので、このような集団行動はまったくの新しい体験でした。私は賑やかなところが好きだし、みんなで行動すると助けてもらえるし、嬉しかったです。一人で行動するときにはどうしたらいいか、知らないところだったら人と人との距離があって難しいと感じることもあります。

実はサークルでも、最初の頃は「外国人」として見られていて距離を感じたことがあり、戸惑っていました。私は明るいタイプですが、少し人見知りもあるので、周りから積極的に声をかけてもらったり気に掛けてもらえたりすると嬉しいです。最初は、「私が入っていいのかな?」と思ったりするので、隣に誰か知っている人がいたら心強いし、普段だったら引っ張っていくタイプですが、最初は輪の中に入りづらかったりするので。

友達に中国語を教えているところ

友達に中国語を教えているところ

 

SIC:これから来県する留学生や外国人、または受け入れる日本人に何か伝えるとしたら?

謝さん:これから島根に訪れる外国人には、日本がどんな国なのか、日本にはどんな人がいるのか、実際に見て自ら判断した方がいいと伝えたいです。実際に体験することが大切です。

浜田は本当に暮らしやすく、お年寄りが多くて、いい風景の中で暮らせるのが素敵なところです。私はゆっくりとした生活のペースが好きで、交通の面で困ることはあるかもしれませんが、浜田にはいいところがたくさんあると思います。留学生としては、中国に関するものを日本のみんなに一緒に伝えていきたいですね。

日本人と接する時は、自分から距離を縮めることが大切だと思います。勇気を出して話しかけるといいです。外国人としては、コロナの影響もあると思いますが、できるだけ集団活動に参加したり、日本人と触れ合ったりすることができる交流活動に積極的に参加した方がいいです。日本人のみんなとの接点をつくっていくと理解も進み、交流もうまくいくと思います。勇気をだして接点を作ることが大事です!

日本の方には、外国人という意識をしないで、区別しないで、普通の友達だと思って接してほしいです。私も普通の友達として接してもらっています。外国人だから分からないんだなと思うこともあると思いますが、そんな時には詳しく教えてもらえたら嬉しいです。普段は本当に普通に接してもらえたら嬉しい。外国人として区別されると、距離を感じます。個人として、接してくれたら嬉しいですね。

お世話になっている方と一緒にUSJに行きました!

お世話になっている方と一緒にUSJに行きました!

 

SIC:謝さんの故郷は、どんなところですか?

謝さん:私は中国の寧夏出身です。田舎育ちで、実家は農家です。日本の田舎とは似ているところもありますが、少し違っていて、とても乾燥した地域です。小麦などの栽培が盛んですが、特色といえるのは、フェンネル(※ハーブの一種)の栽培基地があることでしょうか。寧夏で有名なのはクコの実、ブドウとワイン。寧夏の緯度はフランスと同じぐらいで、昼と夜の寒暖差が大きく、糖分がたまりやすいんです。フランスのようにブドウが美味しく、糖分が高くてワインも有名なんですよ!そしてスイカも有名です。スイカは50~100円で大玉が買えます!中国は世界でスイカ生産量が一番多いのですが、寧夏のスイカはとても甘くておいしいですよ!日本のスイカは高いです!(笑)

馓子、油香(油饼)など油であげたお菓子も有名です。春節には1か月分の食事を作りためるのですが、この饅頭は母が作りました。花模様の植物を探して食用の色を付け、かわいくスタンプしました。自家製調味料と混ぜたチップスもあります。

母特製の野菜チップス

母特製の野菜チップス

饅頭

饅頭

回民族の馓子(サンズ)

回民族の馓子(サンズ)

 

SIC:去年はSICの事業で一緒に保育園を訪問し、中国文化の紹介をしましたね。

謝さん:参加してみて、とにかく楽しかったです!中国では今若者に漢服ブームが来ているのですが、日本の子どもたちにも見せられて良かったです。日本で中国の伝統衣装と言えばチャイナドレスが一般的ですよね?厳密にいうとチャイナドレスは近代以降のもので、漢民族の私たちにとっての伝統衣装はこの漢服なんです。子どもたちが今後、中国を正しく理解してくれると嬉しいです。実はこの3年間、大人と交流する機会は多かったのですが子どもと交流する機会はほとんどなかったので、嬉しかったです。私は子どものときから文化交流をすべきだと考えています。

鮮やかな赤の漢服で登場!子どもたちからも「かわいい~!」と 歓声があがりました

鮮やかな赤の漢服で登場!子どもたちからも「かわいい~!」と 歓声があがりました

また、中国には保育園はあまりありません。おじいちゃん、おばあちゃんが子どもの世話をすることが多かったのですが、最近は両親が育てることが多いです。新しい世代の子育てへの考え方や理想もあり、仕事をしていても自分たちで子育てをしたいという人が増えています。社会的にまだ保育園は多くないので片親が家で面倒をみることが多く、女性が専業主婦になることが多いですが、男性の育児参加も増えています。専業主夫も増えていますよ。

日本の子どもは厳しく教育されているイメージがあったのですが、実際に触れあってみると同じでした。騒いだりもするし、国に関わらず子どもは子どもですね。(笑)本当にかわいかったです。

中国語の絵本の読み聞かせをしました

中国語の絵本の読み聞かせをしました

 

SIC:将来、今後についてどのように考えていますか?

謝さん:卒業まであと半年の予定なのですが、その間に日本で就職活動をしたいと思っています。就職が決まれば卒業後半年ほど中国に帰り、4月の入社に合わせて日本に戻ってきたいです。もし就職が決まらなければ中国に帰国し、少しゆっくりしてから日本語に関する仕事、日本語の先生か日系企業で働きたいと思っています。中国の共通テスト(「高考」)は、近年は英語以外も受験できるようになり日本語も人気があるのですが、日本語の教師が少ないという状況があります。

日本で就職するなら、中国と繋がりのある企業で働きたいです。日本の給料は高く、異動で中国に戻れば給料の額が維持されます。今の中国では、若者は自分の給料で生活を維持するのがギリギリ。若者の給料は昔と比べて3倍になりましたが、食品の値段が5倍になったという調査もあり、不動産は10倍、今の若者たちが自分の給料だけで結婚しても、不動産を買っても経済的に自立できないと聞きました。だから、給料の高いところを選びたい。

私はおじいちゃん、おばあちゃんに育てられて、小学2年生以降は二人と暮らしていました。両親は畑仕事があるので、月1回ぐらいしか会えませんでした。中学生のときにおばあちゃんが急逝し、とてもショックを受けました。命の儚さ、弱さを知り、そこから精神的にとても成長したと周りにも言われました。将来的には中国に戻りたい気持ちがあり、私は家族を大切にしたいタイプなので、祖母は亡くなりましたが、祖父に恩返しがしたいです。

両親と子どもの頃の私

両親と子どもの頃の私

おじいちゃんとおばあちゃん

おじいちゃんとおばあちゃん

■最後に

今回謝さんには中国の若者のリアルな声や生活事情なども教えていただき、とても興味深くお話を伺いました。来日後、コロナ禍で思うようにできなかったことも多いかもしれませんが、謝さんは常に何事にも前向きに取り組み、積極的に地域の方とも関わりを持っておられ、多くの方が謝さんを通して中国をより身近に感じたのではないかと思います。今後も中国と日本をつなぐ架け橋となり、活躍してくださいね!応援しています!

(公財)しまね国際センターは~外国につながる人たち~を応援しています